法律

憲法を知らない国民

今日は憲法記念日であることから憲法について書いてみたい。筆者は特定の政治色を持たないが、憲法というとすぐに政治に結び付けたがる人が多い。少なくとも、現在ある憲法を知ることは、特定の政治色とは全く関係がない。それよりも、そもそも憲法を知らない国民が多いことに筆者は懸念を持っている。

憲法というとすぐに改正の議論になるが、そもそも憲法を読んだことがない人が多い。最近は、インターネットで「憲法」、正確には日本国憲法であるが、これで検索すると憲法の全文を簡単に読むことができる。まずは憲法に何が書いてあるのか読んでもらわないことには議論ができない。筆者はこれまで数々の憲法改正論者の主張を聞いてはきたが、残念ながら説得的な主張を聞いたことが一度もない。そのほとんどは根本に感情論があった。改正すべきという主張は結構だが、そういった人の多くは、そもそも憲法を読んだことがないため、現行の憲法のどこに問題があって、どこをどのように変えるべきかの主張がない。仮に改正の提案があっても、現行憲法擁護論者からの批判に対する反論ができていない。極論として、全部変えてしまえという主張も結構だが、その場合も現行憲法にどのような問題があり、それが改正によりどのように解決するのかを説得的に示さないと話にならない。もし示さないのならば、それはこの国の革命の主張になってしまって、憲法改正の議論ではなく、この国の革命の是非の議論になってしまう。

では、なぜこのような状況になってしまったのか。答えは難しくない。国民に憲法を理解されると国、厳密にいえば国家権力であるが、国にとって都合が悪いからである。ここまで読んで、何のことをいっているのか?と疑問を持たれる方も多いと思うが、それもまた至極当然である。憲法は本来的に国に都合の悪いものであるから、あえて学校で教えようとしない。すなわち、多くの国民は、憲法の何たるかを知らされていないからである。憲法を理解するためには、あえて自身で情報をとりにいかなければならない。筆者も憲法を理解したのは、社会人になって7年以上経過してのことである。

では憲法とは何か、この問いに答えられるようにならなければならない。憲法とは、国家権力を制限して個人の人権を保障するものである。すなわち、憲法は国家権力がしてはならないこと、あるいは国家権力がしなければならないことを明文化したものなのである。したがって、国が憲法を改正したがるのは当たり前である。国の権力を握る者もまた人間である。こういった人が、自らを縛るルールを緩めてほしいと考えるのは至極当然だからである。なお、ここでいう憲法は、正確には立憲的意味の憲法であるが、ここでは詳しくは触れない。

国民の側から見ると、憲法は国民の生活を守るべく機能する。憲法は補則を入れて全部で103条あるが、そのうちの第10条から第40条の31条は国民の権利義務について書かれている。義務については3つだけで、その他は国民が国家権力に対して自らを守る権利、すなわち人権について書かれている。すなわち、憲法には主に、国が国民に対して、してはならないこと、あるいはしなければならないことが列挙されている。

例えば、上記31条のうち、第31条から第40条までの10条は、刑事手続き上の国民の人権について書かれている。刑事手続きなんて自分には関係ないよ、と考える方も多いかもしれないが、大いに関係ある。車を持っている人は明日、人身事故を起こして国家権力から刑事責任を問われてしまうかもしれない。電車に乗っている人は、今日、痴漢だと冤罪をかけられてしまうかもしれない。こういった場面で、捜査機関である警察や検察から国民を守るのは憲法の役割である。また、私達が安心して投資ができるのも、あるいは預金が守られているのも第29条1項で国民の財産権が保障されているからである。憲法はいつも国民の身近にあって、国民の日々の生活を支えてくれるものなのである。

憲法は、憲法に反する法律の効力を無効にする力さえある。法律は、国会で国民の代表者が決めたものであるが、それすらも無効にする力を持っている。具体的には、個々の裁判所がこの判断をする権能を持つが、最終的には最高裁で、大法廷の場合はたった15名の裁判官により法律の憲法違反が判断され、無効とされる。実際、これまでにもいくつかの法律が無効とされてきている。

憲法を学んでいると、一つの疑問にぶつかる。法律は現在の国民の代表者である国会議員が国会で話し合って民主的に決めたものだから、それに従えばそれでよいのではないかというものである。すなわち、70年以上も前に作られた憲法になぜ今縛られなければならないのか、というものである。筆者がこの問いに回答できるようになるまで、法学を学び始めてから何年かの月日を要した。そして、この回答は、よく読むと実は憲法の文章にきちんと書いてあった。この問いの回答を理解できた時の感動は今でも忘れない。

憲法を知らなくても普段の生活できるということは、ある意味よいことなのかもしれない。それは、日々の国民の人権が保障され、憲法がきちんと機能している、言い換えれば、憲法の出番がないということを意味するのかもしれない。ただいずれにしても、人生経験を積み、様々な社会問題に触れたうえで憲法を学ぶととても楽しい。そして、憲法を理解すると、社会の見方が一変する。他人に騙されてはいけない。これまで憲法を知らなくても普段の生活で困らなかったということと、今後も憲法を知らなくてよいということは全く別の問題だからである。まずは憲法を読むところから始めてみてはどうだろうか。