役所の対応で理不尽な思いをしたことはないだろうか。筆者の経験からすると、少なくとも日本の役人の対応は悪い。日本の役人は仕事をさぼっていてもクビになることもまずないし、強固な身分保障によりほぼ確実に給与がもらえる。老後の保障も手厚い。したがって、本来、国民のために働くはずの役人が、役人自身の生活保全のための職業となってしまっている。このような状況であるから、一般の企業と異なり、仕事をしようというインセンティブが働かない。昨今の経済不況の中、公務員はなりたい職業の第1位と聞く。
しかしながら、国民の側からすると、たまったものではない。高い税金を払わされて給与を支払っているにも関わらず、本来行政がおこなうはずのことを頼んでもなにもしれくれない。このような場合、我が国のしくみでは、然るべき政治家を選んで、役所を指揮監督させるべきなのだが、現在の政治がよく機能しているかというと、疑問も多い。
このように、筆者も、役人の対応が悪くて困ってストレスがたまることがあったが、最近は役人と話す時間がばからしくなってきた。最近は、電話で役人が対応する意思がないことを確認したら、直ちに筆者自ら行政訴訟を提起している。その意義について今回は書いてみたい。
1.行政訴訟はそもそも勝てない
これは法律をかじったことのある者なら周知の事実である。日本の行政訴訟の件数は年間2000件程度で欧米の100分の1程度の桁違いの少なさである。最大の原因は、その勝訴率の低さである。一部勝訴を含めても、その勝訴率は10%にも満たない。このように最初から勝てないことが分かっているのなら、高い費用を払って弁護士に依頼するのもばからしい。ここは、趣味と割り切って、本人訴訟で提起してみるととても楽しい。大きな組織を相手に臨場感のある裁判手続きが体験できる。行政庁側の弁護士は訟務弁護士といって、実際には検察官などの行政訴訟のプロが担うから、一流の弁護士を相手に闘うことができる。
2.本人訴訟なら費用が安い
裁判と聞くとお金がかかりそうな印象だが、例えば東京地裁の場合は、取消訴訟に代表される抗告訴訟であれば、原則訴額は160万円が訴額とみなされる。そうすると、実際かかる費用は、印紙代1万3000円と切手代6000円の計1万9000円である。慣れてきたら郵送で訴状を送るとよいが、最初は裁判所に訴状を提出しにゆくとよいだろう。例えば東京東部であれば、霞ヶ関駅前の東京地裁と同じビル内にある、東京高裁の地下の郵便局で印紙は買えるし、切手6000円は1円切手も含めて、裁判用のセットが用意されている。ここで購入して、14階の民事部の並びの事件部で訴状を確認してもらって、訴状の形式面に問題がなければ、その場で印紙を貼るとよい。職員の方が丁寧に教えてくれ、その場で受理してくれる。国家賠償請求の場合は、訴額によって印紙代が異なるため注意が必要であるが、10万円以下の訴額であれば印紙代は1000円なため、格安で裁判が楽しめる。
1万9000円の他には、霞ヶ関駅までの電車代、あとは自身の手間賃くらいなものである。選挙に行くのもいいが、2万円程度で裁判手続きを楽しみつつ、自ら行政庁と争うことはとても楽しい。
3.本人訴訟なら自身の主張したいことを機動的に主張できる
一般に、事件を弁護士に依頼すると費用もさることながら、弁護士との打ち合わせも必要となる。その後、弁護士が訴状を書くまでに早くとも2週間、余裕を持って1か月はみておいたほうがいいだろう。このように、弁護士に依頼すると時間がかかる。加えて、その弁護士の考え方も主張に影響を与えるため、必ずしも依頼人の主張と一致するとは限らない。本人訴訟なら、こういったわずらわしさもなく、自由に手続きが進められる。
また、行政事件は、他の一般的な民事事件や刑事事件と異なり、前述のように件数自体が極端に少ない。したがって、そもそも、行政事件を手掛けたことのある弁護士自体が少ない。であるから、弁護士に依頼するメリットも、他の事件に比べると少ないということもあろう。
4.行政庁に対する一応の働きかけとしての効果がある
これは事実上のものであるが、勝訴率が低いとはいっても、いざ裁判となると、行政庁の担当者もうかうかしていられない。下手をすると自身の身が危なくなるがゆえに、それまでのらりくらりしていた対応が迅速となるという事実上の効果はある。担当の公務員は、自身の身を守るために、ある程度緊張感を持って、適切な対応をとらざるを得ないという事実上の効果はそれなりにある。
このように、本人訴訟による行政訴訟の意義について書いてみたが、前提として勉強してから訴訟を提起すべきだろう。行政訴訟は民事訴訟手続きの規定が準用されることが多いが、基礎的な素養がないと裁判所に迷惑がかかる。処分権主義、弁論主義、当事者、請求原因事実、否認と抗弁の違いなど要件事実の概念、却下判決と棄却判決の違い、既判力など、基礎的な概念は理解したうえで訴訟に臨もう。少なくとも、司法試験のための基礎的な学習はしておいたほうがよい。
趣味は人によってまちまちだろうが、一つのたしなみとして訴訟ができるというのはとてもよい。法の基礎を学び、自ら訴訟を提起してみるのも悪くない。