医師のキャリア

患者と株主

今回は、製薬企業内医師(MD:メディカルドクター)として筆者が普段から意識していることについて書いてみたい。MDはまずは患者の利益を第一に考え、その上で会社すなわち株主の利益を考える必要があるという話である。

MDが患者の利益を第一に考えるのは至極当然である。まさにこれが製薬企業内に医師が存在する理由である。また、医師法上も医師には国民の健康な生活を確保する義務が課されており(同法1条)、この義務は法文上も医行為(同法17条参照)に限定されていない。すなわち、法令上もMDには、企業での業務にあたり国民の健康な生活を確保する義務が課されている。

ここまでは多くの臨床医にもしっくりくると思うが、MDは加えて、会社すなわち株主の利益も考えなければならない。以前、別記事で会社は株主のために存在する旨を書いたが、製薬企業も会社である以上、利益をあげ、それを株主に分配しなければならない。製薬企業は社会的に重要な役割を果たしていても、かつての銀行のように経営状態が悪くなったからといって公的資金、すなわち税金による援助が得られるわけではない。そして、MDも企業の被用者である以上、株主の利益を追求しなければならない。すなわち、MDは患者の利益に加えて、この株主の利益も同時に追求しなければならないのである。

ここで1点、留意すべきことがある。多くの外資系企業ではこの株主の位置づけが実際にも明確であることから、MDとしても、自身の活動がどのように株主の利益に結び付くのか説明できれば社内で評価されることが多い。問題は、内資系企業の場合である。古くからある内資系企業の中には、昭和時代の家族的経営を重視し、株主の利益は二の次で他の被用者の利益を評価するところがある。すなわち、社員同士の和を重視するとする日本人に特徴的な考え方である。そうすると、MDがいくら患者と株主の利益を追求しても、それが社内の他の被用者に理解されなければ、そのMDの評価が下がることになってしまうことがある。多くのMDが内資系企業ではなく、外資系企業を選択するのも、こういったことが理由の一つになっているかもしれない。

また、医師が株主の利益を追求するということに違和感を覚える臨床医も少なくないかもしれない。すなわち、医は仁術であって、医師はひたすらに患者さんの利益を追求すべきであり、お金のことを考えるのはよくないという考え方である。結論から言うと、この考え方は昭和で終了しているといってよいだろう。政府が膨れ上がる医療費の削減に躍起になる中、医療機関の経営状態は製薬企業以上に良くない。多かれ少なかれ多くの臨床医が感じていることと思うが、近年、医療機関での診療にあたり、お金のことを無視できないほど医療機関の経営状態は悪化している。違和感を感じること自体は筆者は理解できるが、現実問題としてお金がなければ医療機関として救える命も救えない。

以上のような点をふまえ、医師には患者を診る能力だけではなく、お金と付き合う能力が要求される時代に突入したと言ってよいのかもしれない。